この世はすべて舞台である。古代ローマの劇作家テレンティウスの名言「わたしは人間だ、人間のことで、何ひとつわたしに無関係なものはない」をもじって、「我々は末廣ゼミのメンバーである。パフォーマンスに関することで、我々に無縁なことは何ひとつない」という言葉を掲げておこう。

All the World's a Stage掲示板

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All the World's a Stage掲示板 (末廣ゼミナール3年生掲示板)
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第11回、ゼミを終えて - おかじ

2020/07/01 (Wed) 23:59:27

 お疲れ様です。前回の講義同様に、みなさんの鋭い意見に終始圧倒されていました。私の発言にあったスクリューボール・コメディーについては、私自身勉強不足で1930、40年代の名作については全くわかりません。邦画ではありますが『グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇』という『八日目の蝉』を手掛けた成島出監督による作品はこのスクリューボール・コメディーに該当するのではないかと思いました。今年の2月頃に公開されたばかりの映画ですが大泉洋さんと小池栄子さんによる掛け合いのテンポが良くて、笑いあり、感動ありと言った映画です。授業内で取り扱われる内容が、過去に鑑賞したことのある作品と関係があって少しばかり気分が上がりました。これからは様々な映画ジャンルに触れていきたいと思います。

第11回目のゼミを終えて - りっちゃん

2020/07/01 (Wed) 16:39:21

第11回目のゼミお疲れ様でした。
今回も学ぶことが多くありましたが、喜志哲雄先生著『喜劇の手法』を通じて、深く考察することの難しさを痛感しました。「12.自縄自縛に登場するハインリッヒ・フォン・クライストの『壊れ甕』において、作中の裁判官としての役割を担うことになるワルターとアーダムの傍白を通じて得られた観客の持つ情報量に差がある。この場合、喜劇でも劇的アイロニーといえないのか。」という旨の質問をさせて頂きました。15.アイロニーの章にもあったように、劇的アイロニーは喜劇と悲劇の双方に作用するとご説明頂きました。先生がご指摘されていたソポクレスの『オイディプス王』と『壊れ甕』がある意味、同等である。 」という喜志先生の主張は多少強引なのかなと思いました。犯人が裁判官であるという共通点は理解できましたが、解釈しづらいと思いました。

『喜劇の手法』の後半にはこれまでのゼミで学習した傍白、独白も登場し、改めて学び直すことができました。鋭い質問をしており、印象深かったのがるるです。るるは19.バーレスク p.177後ろから1つ目の段落に着目し、「送り手(作者)と受け手(読者や観客)とのあいだに、愚弄されている既存の約束事についての共通認識がなければならない。」という記述がよく分からないという質問をしていました。これに対し、先生はバーレスクとオペラの違い、『乞食オペラ』について懇切丁寧に解説して下さいました。『乞食オペラ』はイタリアオペラと異なり、乞食達たちが英雄となります。作品終盤では冒頭で登場した〈俳優〉の介入により、「イタリアオペラはハッピーエンドで終わるのが約束だ」とし、主人公のマクヒースが処刑されることなく、結末を迎えます。「パロディ作品やバーレスクを理解するうえでは元ネタを知ることが大切だ。」と先生が仰られていましたが、元となる作品を知ることでより深い理解に繋がると思いました。

第11回のゼミを終えて - とみ

2020/07/01 (Wed) 16:14:38

お疲れさまでした。
みなさんが感じているように今回も様々なところが注目されていて、内容の濃い授業だったと思います。ただ、私は未だにみなさんと同じスピードでついていけず、出遅れているように感じてます。喜志さんの喜劇に対しての意見は主観的要素が含まれているように見えて、納得のいく根拠があるのでなかなか自分の考えが持てていない状況にあります。言葉の言い回しについての理解が難しく、断片的な説明であるところに先生の補足があって多少の解釈はできたのですが、レポートを書くうえでの題材となるものがまだ見つかっていないので、焦りを感じています。しかしどの喜劇も観客との距離感と現実性が重要になっているのではないかと思います。なのでそこから派生して、アイデンティティの混乱や不条理さ、アイロニカルなシーンというグループにわけられるのではないかと思い、喜志さんの取り上げている項目を自分なりに改めて細分化し考えることにしました。レポート作成の際に何かのヒントになることを期待して頑張ります。そして、みなさんが今回掲示板に書いてくれている疑問と前回の疑問と説明をもう一度、確認し内容を深めていきたいと思います。

第11回ゼミを終えて - あめちゃん

2020/07/01 (Wed) 14:33:21

第11回目のゼミお疲れ様でした。
今回もみんなの質問のおかげで自分では気づかなかった疑問点や自分で勝手に解釈していた点を修正することができました。メモをとることにいっぱいいっぱいなってしまい理解が遅れて授業中に質問できなかったのが反省する点です。
授業中はこれは質問するほどじゃないかなと思っていた小さな疑問点があります。それは15 アイロニーの145ページの「身も蓋もない言い方をあえてするなら、ここで観客が聞くのは、人物のひとりとしてジョーゼフの台詞というより、人物のひとりであるジョーゼフに作者シェリダンが語らせている台詞なのである。」という部分です。これはジョーゼフがナレーターの様な役割も担っているということでしょうか?また、傍白のほとんどがこのような意図があると個人的に思っているのですが、他の傍白や台詞との違いはどのような部分であるのかわかりませんでした。授業だけでなく、掲示板の質問でも自分が気づかなかった点がたくさん見つかり次回の授業でそれを確認し、良いブックレポートが書けるように頑張りたいです。

第11回目のゼミ - ゆきまる

2020/07/01 (Wed) 13:35:38

第11回目のゼミお疲れ様でした!今回でた質問もどれも鋭くて、私も疑問に思っていたものばかりだったので授業を通して解決できました。前回は授業内に質問することができなかったので、今回は質問できてよかったです。
私は後半部分において質問したように20のパスティーシュと19のバーレスクが特に難しいと思いました。20のパスティーシュについては授業内で演劇的認識とは何か、質問して先生の解説から理解することができたので、良かったです!!
後は16の沈黙と間、についてですが、この章を読んでもはっきりと沈黙と間の違いがわかりませんでした。また、他の方も質問しているように、喜劇と笑劇の違いについてもいまいち理解できませんでした。笑劇と調べると「見物人を笑わせることを目的とする卑俗な喜劇」とでてくるのですが、笑劇は喜劇の種類なのでしょうか。

第11回目のゼミを終えて - けいと

2020/07/01 (Wed) 04:07:00

第11回目のゼミナールお疲れ様でした。
前回に引き続き『喜劇の手法』に関して、疑問点を追求していくことができ、多くのことを理解することが出来ました。しかし、授業中に質問出来なかった箇所があるので、こちらで質問させていただきます。
22劇中劇で「このふたつの例は、馬鹿馬鹿しいという点では一致しているが、それぞれが依拠しているーしたがって、愚弄の対象としているー劇的原理は、正反対なのである。」(193頁7行目)とあります。これは前述にある医者と宮内官の会話で、劇が進行していく上で登場人物が何者であるか、観客が知っていた方が都合が良いため、あえてそれが分かるような会話を取り入れ、加えて重要なことは観客に聞こえないほどの声量で喋るという演劇では、あり得ない手法を用いりますが、実際のところ政府の重要機密など大声で話すはずがないと馬鹿にしているということまで分かったのですが、これらの会話がどのようにして、劇的原理が正反対なのか、何度読んでも理解できませんでした。
ブックレポートに向けて、『喜劇の手法』をさらに深く理解できるよう、来週の授業に臨んでいきたいです。

第11回目のゼミを終えて - るる

2020/07/01 (Wed) 00:50:17

第11回目のゼミお疲れ様でした。
今回、私はバーレスクの部分について質問させていただきました。『乞食のオペラ』を例に、イタリア・オペラがどういうジャンルであるのかを観客は理解し、エンディングの過激さを知らなければならない、という意味が含まれているということが末廣先生が今回、説明してくださったので理解することができました。しかし、別の部分でも理解しにくい文章があるのでここで質問させていただきます。21の劇中劇についての章で、P194の劇中劇という表現形式の本質を我々に吟味させてくれる。同じことは、あからさまに劇中劇という形式を用いてはいない作品についても指摘できる。たとえばゲームという手法、登場人物が自分ではない人物を演じるという発想を利用した作品がそれである。」という記述がありますが、P18にある、登場人物の変装や一人二役と、この劇中劇についての記述の、「登場人物が自分ではない人物を演じる」とは何か違いがあるのかどうか気になりました。
来週も『喜劇の手法』についてより理解を深められるように頑張りたいと思います。

第11回目のゼミを終えて - りさこ

2020/07/01 (Wed) 00:45:01

 お疲れ様でした。今回は前回できなかった質問ができ自分の中で一歩前進できたかなと思いました。ただ誰かの前で発表しているとき、いつも自分は何を言ってんだと思ってしまうことが多く、今回もそうだったのでもう少しまとまった文を話せるようになりたいなと思います。
 今回自分が質問したこととは関係ないところになるんですが他にも気になるところがありました。18のスラップスティックのところで「スラップスティックとは道化が持っている『叩き棒』のことだが、別にそれが現れなくても、不条理な状況を扱った笑劇をスラップスティック・コメディと呼ぶ。」(p167)と書かれており、ここでは物体が人を動かすことでの不条理な状況が扱われていましたが、叩き棒が現れた場合のスラップスティックとはどういう状況のことを指すのでしょうか。そもそも道化が持つ「叩き棒」とは何ですか。
気になるところと言いながら質問になってしまいました、、。掲示板の書き込みが質問で溢れかえってる中すみません。

第11回目のゼミを終えて - りさ

2020/06/30 (Tue) 22:19:28

第11回目のゼミナールお疲れ様でした。
授業中に質問できなかったものになるのですが、

P197『舞台稽古』の馬鹿馬鹿しい劇中劇の中でも人が死ぬが、それはあくまでも虚構の死だ。しかし、ジュネの劇が描いているのは本物の死である。ただし、作者はそれを我々が普通に思い浮かべる現実の死ではなくて、演技としての死として捉えている。そこにジュネの鋭さがある。

という部分で、筆者自身は本物の死として描いているにもかかわらず、観客は虚構の死と感じている点が鋭いという部分の理解が少し難しく感じました。

 傍白は独り言のように観客に聞こえるだけでなく、舞台上の登場人物にも聞こえることでコメディ要素が高まると例もあったので実感しましたが、もともとは傍白から今に伝わっていることが興味深いと思いました。個人的に、意図せずものがうまく運んでいくという13誤算の『一生にただ一度』での展開が非常に面白く感じ、策略を練らずにとことん本能のまま行動をした結果、周りの環境も良化していくという現代の作品でも憎めないキャラクターとしてよく登場すると結び付けられました。またそういった成功も本人にとってはあまり驚くべきこととなっていない部分も面白いです。『喜劇の手法』を読んで、様々な手法の効果や観客との距離感など具体的に学ぶことができ、全てに理由がある上でとても合理的に作品は制作されているのだとわかりました。

第11回のゼミを終えて - かえでぃー

2020/06/30 (Tue) 19:30:22

ゼミお疲れ様でした。
今回はやっと自分から発言することができたのでこれからも頑張りたいです。
タムタムがコメントでも触れていましたが、喜劇と笑劇の違いが何なのか私も気になりました。また、147ページ6行目の、『櫻の園』が喜劇ではないとする議論があることについての説明で、「たしかに作品の印象は単純なものにはなっていない」とあるのですが、どうして単純なものになっていないと喜劇ではないという判断になるのでしょうか。
今週も説明を聞くこととメモをとることに必死になっていましたが、来週も集中してブックレポートにむけて理解を深めたいです。


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